関西で訪問型病児保育を展開するNPO法人ノーベル・広報マネージヤーの吉田綾さんにお話を伺いました。
ノーベルの代表を務めている高亜希が、20代で民間企業の営業ウーマンとして働いていた頃、職場の先輩や同僚が出産や子育てを機に、子どもを理由にどんどん退職していくという状況がありました。色々と話を聞いていくと、子どもが病気の時に誰も助けてくれる人がいない、預け先もなく仕方なく仕事を休むと、職場で白い目で見られたりして、どうしようもない、という働く母親たちの実情を知りました。
高は、この現状をどうにかしたい、働きたい母親たちをサポートしたいと思い、2009年11月にNPO法人ノーベルを設立。私も2010年からノーベルで働いてきました。
ノーベルは「子どもを産んでも当たり前に働き続けられる社会」をビジョンに掲げています。
私たちは訪問型の病児保育事業を行っています。子どもは頻繁に熱を出しますが、保育園では37.5℃以上の発熱だと預かってくれません。しかしその度に仕事を休みにくく、預け先も少ない。働く親は子どもの突発的な病気で仕事がしずらいという課題がありますので、私たちノーベルのスタッフが親御さんの代わりに子どもを預かり、親御さんは安心して仕事に行っていただけます。
特徴としては、これまで小児科併設の病児保育施設が主流ですが、圧倒的に数が少なく、必要数に足りていないというのが現状です。例えば大阪市の病児保育施設は12施設で、全国の約850の施設は保育所の数のわずか約4%です。それに対してノーベルは、施設を造るのではなく、お子さんの家に保育スタッフを派遣するという訪問型の病児保育をしています。
訪問型を選んだ理由のひとつは、子どもの病気は予測不能で、季節変動も激しいですが、施設の場合定員があり、その変動に対応しにくいこと。例えば、定員4名の施設を造ったとしても、毎日4名の子どもさんがコンスタントに利用する訳ではありませんし、0人の日もあれば10人利用したいという日もあり、収支を安定的に保つことがすごく難しい事業という訳です。保育スタッフ、看護師は確保したはいいが、予約は0件というようなこともあり、黒字経営をしている施設は非常に少ないというのが実情です。
ノーベルは訪問型ということに加え、保険のように必要な病児保育経費を利用会員さんに、利用してもしなくても、一定の月会費を納めて頂く共済スタイルにしています。一定額の月会費をお支払い頂く代わりに、ノーベルは当日朝の予約でも100%お預かりをお約束しています。
現在1000名を超える利用会員さんがおられ、保育スタッフさんは本部スタッフも含め42名で対応しています。現場の保育スタッフさんの多くは週に1~2回のパートタイムスタッフです。また、病児保育件数は、2010年から累計で4,500件を超えました。
事業エリアは年々広がっており、設立当初は大阪市中央区と西区だけでスタートしましたが、現在は大阪市・吹田市全域と東大阪市、豊中市、堺市、守口市、八尾士と拡大しています。さらに、年齢制限はありますが、3才児以上のお子さんであれば、尼崎市、西宮市、茨木市、高槻市、摂津市まで対応しています。
1つめの課題として、病児保育を誰もが必要な時に使えるサービス、セーフティネットにしたいと思って提供エリアを拡大していますが、まだごく一部で、神戸や奈良の方からも来て欲しいというニーズがあり、まだまだエリアの拡大はしていかなければならないと思っています。
2つめに、どんなお子さんでもお預かりできる体制を整えるということも課題だと感じています。現在、健常児と発達障がい、身体障がいのお子さんも少しずつ受け入れていますが、すべての保育スタッフさんがスペシャリストとして完全に障がいのあるお子さんを一対一でケアできるかというと、まだそこまでスキルが足りていません。保育スタッフさんのスキルアップを進めていくことが必要です。
3つめに、ノーベルの利用に関して、月会費を含めて利用料は年間で10万円近いお金がかかります。ひとり親のお母さんで年間所得が200~300万円の方たちのことを考えると、その一番必要としている人たちにとってなかなか手の届きにくい料金体系になっているということも受けとめています。
そこで、自治体や企業と連携したり、寄付を募ったりして利用料を少しでも低減できるよう取り組んでいます。自治体との連携では、2015年の大阪市淀川区に続き、2016年は西区から病児保育委託先にノーベルが選ばれ、区民の方は通常の半額以下の料金で利用できるようになりました。またひとり親の方が低料金で利用できる寄付プロジェクト“ひとりおかんっこ応援団”(1世帯毎月7000円を寄付で応援する)もスタートしていますが、現在50人を超える方が寄付待ち状態で、もっと各方面とも連携して応援団員を集めていかなくてはなりません。
病児保育事業は子どもの命を預かり、様々なリスクと隣り合わせで、現場に出ているスタッフさんは凄い緊張感の中で保育に当たっています。また、日々の保育は朝8時~夜6時ぐらいまで10時間はお預かりし、スタッフさんはその時間より早く家を出て、保育が終わってから帰宅することになり、勤務時間は長時間にわたります。その結果、仕事と子育てを両立させようとしているお母さんを応援しているスタッフたち自身が両立しにくい勤務体系になっているため、今後改善は必要だと感じています。
一方で、スタッフさんは働く母当事者として経験をしてきた方、保育園で「お熱なのでお迎えに来てください」と心苦しく電話をかけていた元保育園の先生など、なんとか働く親御さんをサポートしてあげたいという思いで頑張ってくれています。利用者さんから保育利用後アンケートでお声をいただくしくみになっていますが、その一人ひとりの利用者さんからの喜びの声がスタッフさんの心の支えになっています。
また、ひとり親のお母さんで今までパートタイムの仕事をして世帯収入が200万円を切るくらいだった方が、通常料金のパックだと入会できなかったのですが、寄付でまかなう病児保育支援“ひとりおかんっ子応援団プロジェクト”からの寄付で入会できるようになりました。職場でも「ノーベルの病児保育に入会したのでもう大丈夫です!」と言い切れるようになり、実際に仕事を休むこともなくなり正社員になり収入アップしたり、キャリアアップをしているお話しなどを聞き、スタッフも自分のことのように喜んでいます。
これまで6年間は、病児保育を軌道に乗せられるように取り組んできましたが、このまま病児保育をずっとやり続けていていいのだろうかという葛藤もあります。子どもが病気の時ぐらい、本当は自分がそばに居てあげたいという親御さんも多いです。罪悪感を感じながら、子どもを病児保育に預けているというお母さんもおられるので、病児保育を続けていくのが本当に世の中の為になるのだろうかと考えました。
そこで、2015年にノーベルの“VISION BOOK”というものを作りました。そこには、“病児保育が必要でない社会があってもいいのではないか“という思いも出てきています。
例えば世帯収入の低いひとり親世帯でも、お金が必要なサービスではなく、みんなで支え合って生きていける街づくりをしていきたい。その街には、子育て支援施設やひとり親のお母さんが住めるシェアハウスがあります。この街では近所のおばちゃんと一緒に子どもを育てるという町家みたいな環境です。・・・このような街づくり事業という構想を作り、今後の活動の視野の中にも入れています。これはすぐにできるものではありませんが、5年~10年かけて実現させたいビジョンです。
とはいえ一方で私たちの強みは病児保育です。私たちが今行っている訪問型と施設型のハイブリッドの保育があってもいいかなと思っています。それぞれにメリット、デメリットがあるので、双方の良いところを組み合わせ、“VISION BOOK”で描いた街の中で、子育て世帯が「困った…」といういざ!の時に頼れる場所を創りたいと思います。